けんしくんずぶろぐ

おめんたいたい!けんしくんです!

校則イヤン♡

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おめんたいたい!

けんしくんです!

 

めっきり更新が途絶えた

けんしくんずぶろぐ。

 

まだまだやめる気

ありませんので

いつでも遊びに

来てください♪笑

 

今日、こんな記事を目にしました♪

 

ブラック校則「下着は白」全小中学校が見直しへ 鹿児島市教委 | 毎日新聞 (mainichi.jp)

 

僕が思いつく校則違反といえば

・髪の毛(長髪、茶髪、最近ではツーブロ)

・服装(シャツ出し、時期外の制服着用、下着の色)

・チャリ通-自転車通学

 

などなど。

 

ざっと思いつくだけでも

けっこうある。

 

僕が中学校や高校のときに

先生が口を揃えていうのが

 

「社会に出たら困るから」

ということだった。

 

それと

「外見より中身を磨け」

ってこと。

 

僕は

「なんで先生は制服ないの?」

って思ってたけど。

 

ヒゲが長い先生もいるし

化粧している先生もいるし

白髪を染めてる先生もいるし。

 

ただ、大人になって

わかったことがある。

 

日本で社会人に

なるにはその教育が

すごく役に立つ

ということ。

 

多くの会社では

スーツや制服に身をまとい

上司のいうことに従って

仕事をしていれば生活ができる。

 

業務内容もある程度

マニュアル化しているから

商品開発部とか上昇志向が

なければ流れに沿うだけでいい。

 

先生の言う通り制服を正して

親の言う通り勉強すれば

進学ができて就職できる。

 

なんとも似たような流れだ。

 

これを逸脱すると

社会人の場合は

自分の所属はもちろん

 

お客様から

信頼を失うことにつながる。

 

日本で同じように

教育を受けて

同じように社会人に

なったから

 

そうあるべきなのだ。

 

だから、学生のときに

決められた規律に従わせる

という指導は

 

日本の社会人を養成するためには

効率的と考えていいかもしれない。

 

僕たちの世代くらいまではね。

 

先生は自分より

絶対年上だし

 

上司のほとんどは

年上だったり

年齢が近かったとしても

 

「校則を守る」世代の価値観で

僕たちは「生かされている」

 

だけどこれからは

大人も子供も関係なく

実力主義の時代が訪れる。

 

いや、すでに突入している。

 

小学生が起業をし

中学生が億を稼ぎ

高校生が世界を渡り歩く。

 

年功序列の法則が

崩壊しているということだ。

 

年配者は若年層の

髪型とか服装が

 

「自分の好みじゃない」とか

「失礼に当たる」とか

いっていられなくなる。

 

「校則を守らない人」でも

活躍できてしまうし

自分の上司になってしまう

可能性すらある。

 

まだまだ

そんなに大きな変化は

ないけど

 

今の段階で

過去と同じ感覚のまま

 

「こうあるべき」

 

と思っていると

あっという間に若い世代に

飲み込まれてしまうだろう。

 

あーこわい!笑

 

だけど一つ

有能な若い子たちを

味方につける方法もある。

 

「許容」すること。

 

絶対に許しては

いけない部分を見極めて

 

変化しつつある社会について

偏見なしで寄り添えば

自分の大きな武器になる。

 

サークルや部活動に

所属していた人に

身についてしまっている

感覚の一つに

 

「先輩たちの代」が終わり

「自分たちの代」になったら

思い切りやるぞ!

 

というのがあるけども

そんなの簡単に

ひっくり返されてしまう。

 

いつでもだれでも

実力を発揮できるから。

 

だからといって

若い世代も

気を付けなければ

いけないことがある。

 

今の時代は

まだまだ人間と人間との

結びつきが強い。

 

自分がよいと思った事業も

共感者や支援者なしでは

実現できないこともある。

 

だからそれぞれの

世代が何を大切にしているか

寄り添うことも必要。

 

特に日本文化は

年上を尊重することを

大事にしているし

 

今の大人たちは

僕も含めて

 

上の人間を

大切にしたから

自分も年下から

大切にされるだろう

 

という意識が

深く根付いている。

 

 

「校則」の在り方から

話がずいぶんと飛躍

しちゃったけど

 

校則も

多様な価値観を

受け止めながら

柔軟に対応することが

必要かもしれない。

 

今回はここまで、また次回♪

変身マン

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おめんたいたい!

けんしくんです!

 

いやー久しぶりの

ブログですわね。

 

きっと読者の皆様も

さみしがっておられた

のではないかと思います。

 

…思ってください♪

 

 

僕って今まで

「変化できない人」

だったんですね。

 

いや、ぶっちゃけ今も

相当ガンコなところが

ありますが笑

 

自分のスタイルで

完成させてやる!

 

みたいなマインドを

持っていたんです。

 

特に高校生くらいまでは

本当に仲間から嫌われる

くらい応用がきかなくて

 

本当に嫌われちゃいました笑

 

今になって後悔してますね。

 

 

そんな僕が

最近ハマっているのが

自ら変化することです。

 

この「自ら」という

ところが非常に重要です。

 

人間がどれだけ

努力しても取り返す

ことができないもの。

 

それは時間です。

 

より自分にとって

幸福を求めるのであれば

時間を有効に使うことが

求められます。

 

何かにトライして

失敗した場合に違う方法を

試すことが必要です。

 

継続することによって

目標が実現することも

ありますけど。

 

例えば、勉強で解くのが

難しい問題があったときに

いつまでも同じ方程式を

使っていたとしましょう。

 

間違いに気づくことも

あるかもしれませんが

時間がかかりますよね。

 

違う手段を使えば

もっと時間を有効に

使うことができます。

 

例えば教科書以外の

参考書を使ったり

インターネットを使って

調べることです。

 

友達に聞いたり

先生に聞いたりする

ことも有効です。

 

これは変化ですよね。

 

僕はどちらかというと

自力で解いてやろうと

するタイプでした。

 

そして結局理解できない。

 

わからないまま

放っておくから

次の高度な学習に

ついていけない。

 

これの繰り返しに

なってしまいます。

 

これでも別に

生きていくことはできます。

むしろ楽です。

 

考えることを

あきらめると

解放感があります。

 

そのまま暮らすというのも

幸せかもしれません。

 

ただし「選択肢」は

限られてしまいます。

 

多くの人はそれに

気づいていても

取り組むことができません。

 

それに、人間は

環境に合わせて

微妙には変化するので

 

スローペースですが

環境に適した生き方を

本能で選択しています。

 

あ、そうそう。

 

話は少し変わりますが

先日バベルという本を

読みました。

 

あまり内容を

出してしまうのは

申し訳ないのですが

 

ウィルスは

"弱毒化することがある"

という項目がありました。

 

動物を殺すほどの

遺伝子を持つウィルスが


毒を強くしすぎると

宿主を失うから困る

というのです。

 

遺伝子上、学習した

ウィルスは時間を経て

弱くなり動物と共存できる

ように進化するそうです。

 

信頼できるかは

わかりませんが

ネットで調べてみても

 

実際にそのような事例が

あるそうなんですね。

 

話を戻します。

 

生命体というのは

基本的には変化を

していくものなんです。

 

では、これを自ら

おこなったらどうなると

思いますか?

 

環境に合わせて

ゆっくり変化を

するのではなく

 

変化に突っ走った場合。

 

ものすごい能力が

身につくことは簡単に

想像できますよね。

 

勉強が苦手なら

先生に勇気を振りしぼって

質問をぶつけてみるとか

塾に通ってみるとか。

 

あ、参考書を買ったり

通信講座(〇〇ゼミ)は

オススメしません。

 

これらはとても

優秀な教材ですが

強制力に欠けるんですよね。

 

やらなくなっちゃう。

 

自分に働きかける力が

強いものを選んだ方が

効果は高いです。

 

僕は今まで保守派で

変化を好まなかったのですが

自分で変化を求めるようになってから

人生が変わりましたね。

 

ひとつ印象的なのは

大学で寮生活を選んだ

ことでしょうか。

 

自分の家から

学校に行くという

習慣を断ってから

 

学べたものは

とても大きかったですね。

 

そのかわり

かなり大きな失敗も

味わうことになりますが笑

 

いま僕の周りには

変化できなくて

 

環境や周囲の人間に対して

文句ばかり言ってる

人たちがとても多いです。

 

それなら自分がいる

環境を変えたり行動を

変えてしまえばいいのに。

 

こう思います。

 

それでも自分たちが

ある程度満足に過ごせて

いるのであれば僕はうれしいです。

 

でも不満があるとするなら

何かを変えてみれば

 

抱えてるストレスを

手放すことができるかも

しれませんね。

 

これだけ物や情報が

溢れててもやらないやつは

やらないんです。

 

ほんのちょっとしたこと

なんですよね。

 

僕だってダラダラ時間を

浪費することもありますし。

 

でも、自分がもっと

色々なことにトライして

おじいちゃんになったときに

満足して生涯を終えたい。

 

だから、自分のやりたいことを

思い切りやるって最近決めたんです。

 

そう、勝手に。

 

だから奥さんには

迷惑をかけて怒られる

こともあります笑

 

皆さんはどんな

人生を描いていきますか?

 

今回はここまで、また次回です♪

できないけどやってはみた人

おめんたいたい!
けんしくんです!

先日、帰り道に
後輩と遭遇した。

中学剣道部時代の2つ下で
僕よりも体格に恵まれてる。

しかし、大会では活躍
することはできなかった。

あまり運動神経が
よくなかったのだ。


できる人とできない人は
存在する。

後輩との昔話で
そんな話題になった。

後輩いわく

「頭では何をしたらよいか
わかっているけど体が
ついていかない状態」

だそうだ。

先輩たちのマネを
しようとしても

先生の教えを
守ろうとしても

パーツが動かないという。

強い人のビデオを
研究したりしても
強くならないらしい。

彼のように
できない人って昔から

努力が足りないで
片付けられてしまっていた。

本人も相当苦しんだと思う。

その後、本人がたどり
ついたのが自分のスタイルを
確立することだったそうだ。

のちに高校も
同じ学校に入学する
ことになるのだが

高校時代はあえて
先生のいうことだけでなく

自分の能力を
生かすにはどうすれば
よいか考え方を変えた。

その結果

待ち剣になったらしい。

待ち剣(まちけん)とは
相手の動きを誘って
技を返していくスタイル。

それを先生にも
OBの先輩にも
やったんだって。

そしたら

コテやドウが
決まるように
なったので


怒られることが
増えたみたい笑

うわ手の人って
した手の人が自分から
かかってこないのを
嫌うから

そりゃ怒られるよなって
思ったし本人も自覚していた
みたいだ。

だけど冷静に考えたら
先生とかOBに技が通用
するのってすごいことだ。

中学時代にスピードも
パワーも技もなくて
全然勝てないから

「お前は引き分けにして来い」

と先生に言われて
よける練習ばかり
していて

結果、相手の動作が
よく見える能力を育てたみたい。

そして一気に花開き
高校3年生の時にようやく

補欠で終わったんだって。

ちょっと才能を
活かすのが遅かったみたい。

そんな後輩は
今は全く違う競技で
日本代表になったと
いうから驚きだ。

体がうまく動かせない
不器用な自分だからこそ

今の競技は体を安定させて
プレイするだけだから
合っていると話す後輩。

今でも時折、竹刀を握り
素振りをするという。

久々に早素振りを
したら体重が増えて
いたこともあって

ヒザをいわして
一生早素振りできない
体になってしまったそうな。

いや、しかし
自分の能力に
気づくって

大事だなぁと
つくづく考えさせられた
時間だった。

できないことと
できること。

できないけど
何とかできそうなこと。

できないことが
飛躍的にできるようになること。

どこまで自分に
期待してチャレンジ
するか見極めが難しい。

みなさんは
チャレンジしている
ことがありますか?

もしかしたら
いま取り組んでいることが
違う分野で活かせる能力に
変わるかもしれないね。

道家の方は
もちろん剣道で
花開くのが
一番だけど

きちんと向き合って
取り組むことが生きる
ヒントになりえる
一例かなって。


「自分は体が
動きませんでしたが
人の動きはめちゃくちゃ
分析しました」

学生時代、後輩が人には
見えない努力をして
たんだなって思うと

怒ってばかりで
申し訳ないなと
今になって思う
けんしくんでした。

それでは今日はここまで。

また次回♪

剣道人口増加にはプロ意識だ。

おめんたいたい!
けんしくんです!

読んでつらくなる
note記事があったので
ご紹介します。

スズキコウタさん
https://note.com/suzukiko_211/n/n26ccf31c15f8

ちょっと詳しい経緯まで
調べてないけど

この記事を読んだだけで

「剣道でプロを目指す」

という目標を掲げて
いる人に対して


「お前なんかむりむり」

「剣道を金稼ぎの対象にするな」

批判した人たちの
こんな意図が
容易に想像できます。

いや、もしかしたら
ほかに意図があるかも
しれませんけど
大体こんなとこじゃないかな。

ごめんなさい。

批判している人は
正直、くだらないですね。


それには2つ理由があります。

剣道のプロと名乗るのに

「段は関係ない」し

「元々は生活の手段」だったこと。

理由を解説するにあたり
剣道のプロの定義を考えて
みましょう。

スズキコウタさんの
言葉を借りるならば

「剣道で生きていく」

すなわちプレーヤーでも
指導者でもいいんだけど

剣道でお金を稼ぎ
生活を成り立たせる
ことをプロの定義として
仮定しましょう。

***

1 段は関係ない

まず、記事の著者である
スズキコウタさんが

ご自身で
「僕はまだ三段」
おっしゃっていることから

ちやほやされる
七段や八段に比べると
権威性は低いように
思えます。

しかし、三段であることが
プレーヤーや指導者として
問題になりますか?

批判した人の多くは
「技術」「知識」「実績」

このへんに問題が
あると考えてるかも
しれません。

「技術」

たしかに熟練した人の
技術は人に伝授する
価値があります。

マネしたいし
教わりたいとも思う。


「知識」

剣道の知識って
何ですか?

歴史・ルール・剣道人口の把握・
各団体の理解・剣道普及の方法・
級・団審査実施要項・・・

数えきれないほどの
知識があります。


「実績」

大会上位入賞・段持ち・指導経験
主にこの3つでしょうか。

人をひきつける
要素にはなりますよね。


では、この条件を
完全に満たした

いわゆる
「剣道のプロ」って

剣道でお金をもらっている
人の何%ですかって話。


例えば教員。

大学生から最短で
教員になって22歳。

段は最高でも
四段を持っているくらい。

この人たちは正課授業で
剣道を教えることがあるし
部活動の指導にも携わります。

一般的に言われている
高段者ではありません。

それでも
お金をもらっています。

「プロ」として。

技術や実績はあっても
「知識」がない状態でも
です。

大学で武道学を修めたとしても
先生になりたては各地域の状況や

中体連・高体連などの
知識はないから
働きながら覚えるしかない。

生徒たちへの理解も
実戦で覚えながら
お金をもらっている。

だからといって
新卒教員の存在に
ついて批判なんて
できません。

誰でも初めてはあるし
覚えながら給料もらって
仕事することもある。


警察官。

大卒の警察官も
高卒の警察官もいます。

教員と同様
知識に欠ける人も
なかにはいます。

そして
若手の警察官でも
各所属の道場で少年指導したり
大人に教えることもある。

この人たちに
歴史を聞いて答えられるか
といえば答えられない人も
多いです。

正しい剣道用具や
用語の解説までできる
方がいるでしょうか?


実業団の会社員。

公にはされませんが
剣道採用というものが
あります。

仕事の能力や学力を
飛び越えて剣道で活躍し
会社の名前を広める
広告塔のような役割を
期待できる選手を採用する
ことがあります。

採用されてからは
剣道のために仕事の
時間を削ってもらって

部活動や自主練の
時間として考慮してくれる
企業もある。

段とか関係なく。
もちろん剣道に関する
知識が十分とはいえない
人もいます。


町道場の先生。

老若男女、素晴らしい
先生もいるなかで彼らが全て
網羅しているわけでないし
必ずしも技術が優秀という
わけではない。

自分はできないけど
教え方がうまいという
先生はたくさんます。

当然、それでも
月謝や会費をもらって
いることもありますよね。


つまり、自分がプレーヤー
だろうが指導者だろうが
剣道でお金をもらうのに

段は関係ないし
技術や知識や実績が
伴ってなくてもいい。

学びながら
実践したって
いいんです。


2 元々は生活の手段

古くは武士。

殿様につかえて
お守りすることで
対価として生活を
保証してもらっていました。

戦乱時代では
名を上げた武士に
人とお金が集まります。

しばらくして
時代が刀を手放すと
人々は武術を芸として
見せ物にすることで
お金を稼いでいました。

現代でも殺陣とか
興業でありますし。

俳優が件を振り回す姿を見て
喜ぶ人も大勢いるはず。


そうした武芸が時代を経て
精神的修練を備えた
武道に昇華したあたりで

剣道で稼ぐことは
難しくなった経緯があります。

たぶん剣道のプロ化→
商業化するのに反対して
いる人たちは

この「心」が
失われることを
恐れているのかなと
推測しますが

たとえば
子供の育成事業として

社会人になってから
どこでも通用する
技術や知識や実績を
提供できる剣道塾や
道場があれば

きちんと対価を払う価値が
あるとは思いませんか?

必ず進学させる
就職させる剣道塾とか。

手段もオンラインだろうが
指導者が初段だろうが関係ない。

教えてあげられれば
いいんですから。

部活動や町道場がなくて
剣道に飢えている人の
心と体を満たせるなら
十分な価値があります。

***

これが僕が
剣道でプロになるのに
段もいらないし

そもそも剣道は
生活するための
手段であり

現代でも一部
そのような傾向があるので
プロを目指すのを批判する
必要はないという理由です。

というか剣道が普及しないのは
オリンピック競技でもないし

商業化の仕方がヘタな人ばかり
だからという現実から目を
背けてる気がします。

最近では楽しい
剣道YouTuberさんや

剣道に関する情報発信を
する人たちが増えているので
僕は大賛成です。

それと剣道の精神や
スポーツ化とは区別
した方がいい。

ご意見ある方は
Twitterにて連絡を
お待ちしています♪

(けんしくんTwitter)
https://twitter.com/kensikunn?s=09

それでは今日はここまで。

あ、ブログ当分休む
つもりだったんだ笑

また次回♪