けんしくんずぶろぐ

おめんたいたい!けんしくんです!

ひとことでどうぞ

おめんたいたい!
けんしくんです!


剣道とは何か?


ついこの間
同じ高校を卒業した先輩と
話しているときに向こうから
口にされた言葉だ。

先輩は少年指導に
かかわっており高段者の
先生とも話す機会が多い。

そのなかで
先輩がおこなっている
指導方法を否定される
ことがよくあるそうだ。

先輩はそのたびに
「剣道とは何ですか?」と
先生方に質問するという。

しかし
先生方の口から先輩を
満足させる言葉は出てこない。

先輩は決して
好戦的な方ではない。
別にケンカを売ってる
わけではないのだ。

それでも指導法を否定され
マウントを取ろうとしてくる
先生がいればこそ、

剣道の本質は何か
問いただしたくなるのだろう。

そこでバシッと
「剣道とはこうだ!」という
回答をもらえた先生はいないらしい。



そう言われてみると
たしかに僕もわからん笑


皆さんは答えられるだろうか?


ちょっとこの記事を
書くに当たって僕も何か
考えなくちゃと思ったんだけど。

僕にとっては剣道は
「日常」かな。


あ、これ後で変更する
可能性あります✋笑


すごい大層なことと
結びつけてみようと
思ったんだけど、

剣道=○○

この図式を作るのは
なかなか難しいね。

「心」とか
「修行」とか
「人(人間)」とかも

候補だったんだけど
何か大げさだなって。


だって心とかいったら
ウソになっちゃうなって
思ったの。

自分って普段の生活では
ズル賢いところがあったり
サボっちゃうのに、

剣道場では
マジメぶって
竹刀を振るんだから。


じゃー修行かっていったら
常に自分を高める努力は
してないよなって。

楽しい剣道したい
ときもあるじゃんか。


剣道=人なんて
いった日には、

「あんた二重人格かい?」

っていわれちゃうよ。


だから僕は剣道は
日常なんだなって思う。


サボるのも日常だし
気まぐれに頑張るのも日常。

頑張った成果が
出るのも日常だし。


道場にいるときも
普段生活するときも
変わらない日常が
剣道だよね。

だから道場でも
思いっきり感情を
出せばいいし、

普段の生活でも
そこそこ礼儀正しく
していれば自分を
よく見せる必要もない。

もし、カッコつけたければ
どっちも日常なんだから
好きなようにすればいい。

僕は結構カッコつけかな笑


こうすれば矛盾なく
気楽に剣道ができる。


「こうじゃなきゃいけない」
って考えも自分を高めるのに
有効だけど、

そんなに自分を
苦しめるもんなの?
剣道って笑


そうそう!

そういえばこの間
高校生の稽古に
お邪魔した。

そして試合もさせてもらった。


大人が何人かいたが
「高校生と試合」というと
嫌がる人が多い。

気持ちはわかる。

緊張するし
負けるの恥ずかしいし
無理して失敗したり
ケガしたりするかもしれない。

だけど、いいことも
たくさんある。

高校生は大人と試合が
できて楽しいし勉強になる。

大人は高校生と試合が
できてエネルギーをもらえる。
これは生きるスパイスだ。

どちらかというと
大人の方がメリットが
多いかもしれない。


そんでさ、もっというと。


武士って

いつでも

誰でも

これからもどうぞ
よろしくねって感じじゃん?


稽古不足とか


何ヵ月ぶりとか


試合用の剣道具じゃないとか


調子悪いとか


ケガしてるとか


いつも万全なときなんてない。


だから、そのとき
できることをできるだけ
やればいいのかなって。

みんなたくさん
稽古も試合もしてきたのに
大人になるとできなくなっちゃう。

この間の稽古に
行ったときにそれは
強く感じたね。

だから、剣道は日常。
かけ離れちゃうとしんどい。

そのまま、ありのままで。

もし日常のレベルを
上げたいときには稽古や
精神修行という手段がある。

部屋を片付けたり
食事にこだわったり
してもいいだろう。

新しい習慣を
取り入れたっていいし
続かなくてもいい。

できることが増える
喜びも達成できなかった
ときの後悔も日常なのよ。

そんでそのまま
剣道をすればいいってわけ。


話がずれてきちゃったけど
僕にとって剣道は日常。

もっといい考えや
教えがあれば更新
しちゃうけど♪



みなさんにとっての
剣道って何ですか?

#剣道 #先生 #けんしくん

フェイス

おめんたいたい!
けんしくんです!

最近、プライベートで
うまくいかないことが多い。

そんないいわけを
引っ提げてブログの
更新が減ったことを
読者の皆様にお詫びしたい。

ごめんたいたい。

多分しばらくの間は
とびとびのブログに
なってしまうと思うけど
やめることはないのでご安心を。

書きたいことはたくさんある。


さて、人っていうのは
元気がないときに
表情がくもりやすい。

こんな言い方はよくないが
自分の周りを見渡してみれば
暗い顔してる人は結構いる。

仕事に行くのが嫌そう。

寒いのが嫌そう。

なんか悩んでそう。

疲れてそう。


この人たちを
元気にさせる
魔法はない。


他人だし
いきなり励まされても
迷惑だろう笑


今日も暗い顔の人が
多いことで思い出した
ことがある。

ずいぶん前に上司と
人の表情について
語ったときのことだ。


なぜ勉強ができる人の
表情は固いことが多いのか?


皆さんも共感できる
のではないかと思うが
いかにも「勉強顔」の
人っていると思う。

真面目っぽそうというか
表情が崩れにくくて
あまり笑わないような感じ。


上司との話のきっかけも
そうだった。

車に乗っている時のこと。

私学の制服を着た
男子たちが下校を
していたのだが
勉強顔の子ばかりだった。

その地区は高級な一等地。

僕たちはいたって一方的に
「勉強できそうな子達だなぁ」と
口にした。


勉強顔というのは
僕が考えた勝手な
呼び名だ。

それに対して
体育会系の顔もある。
仮に体育顔としよう。

体育顔の表情は豊かだ。

口を開いておしゃべりし
緩やかな表情のイメージがある。

勉強顔も体育顔も
どちらがいいとか
悪いとかじゃないし
僕の主観になっちゃうけど、


どうしてこの違いが
生まれるのか考えてみた。

まず勉強顔の人が
本当に勉強ばかり
していたと想定する。

多くの時間に
視線を教科書やノート
パソコンに向けている。

そこには会話がなく
笑顔を作ったり
大声で人を呼んだりする
シーンは少ない。


次に体育顔が
本当にスポーツばかり
していたと想定する。

会話が発生し
笑顔を作ったり
大声を出したりする。

一人で練習してたとしても
歯を食いしばったりもする。


つまり、2つの表情の違いは
いわゆる表情筋と呼ばれる
顔の筋肉の発達差だろう。

表情筋が発達している人は
少し笑っただけでも顔の筋肉の
動きがハッキリと見える。

表情筋が発達していない人は
笑っても顔の筋肉の動きが少なく
表情に変化が見えにくい。

これが勉強顔の表情が固く
体育顔の表情が明るく見える
大きなポイントだと考えた。

途中で話したように
どちらがいいとか悪いじゃない。

しかも勉強顔とか
体育顔とか失礼だし笑

猿顔
犬顔
塩顔
醤油顔
明るい顔
暗い顔
丸顔
細顔

色々あるが
どの顔もバカにはできない。

それよりも、表情の違いを
見分けることにより
コミュニケーションを
工夫することができるかも。


僕の顔は長いらしい。


昔はよくいじられた。


誰がバナナやねん!


ズバリ言うわよ

おめんたいたい!
けんしくんです!

うれしいことに
僕は友達が多い。

と思っている。

「親友は何人?」

こう聞かれると
???だけど。

親友ってどこから
呼んでいいんだろう?

僕としては何人か
いるんだけど相手が
そう思ってなかったら
ぴえんである。


そういえば
同年代だけではなく
幅広い方と付き合いがある。

友達が多いというより
知り合いが多いの方が
正しいかもしれない。

僕にとっては
色々な人とつながっている
というのは楽しいことなのだ。


さて、そんななか
僕の性格として

「意見を言ってしまう」ことがある。

自分で調べた結果や
持っている主張を言葉に
してしまうのだ。

同年代だけではなく
先輩や上司にも。

これによって
開けてきた道もあるし
人が離れていくこともある。

諸刃の剣みたいな
部分も多いことは
自覚している。

それでも僕は
「きちんと理解されたい」みたいな
本能を持っているのだろう。

アイデンティティというか
パーソナリティというか。

パーリナイ。



「嫌われる勇気」という本がある。


自分の目的や役割を
果たすことが重要であって、

他人を動かそうとするのでなく
自分の使命を全うする考え方。

そこには上下関係は
あまりない、みたいな内容だ。

本の内容に
全て納得できる
わけではないけれど、

たしかに自分の使命を
見つめてみるとわかりやすい。

学校の委員会
会社の部署
保護者会のPTA
商工会

どんな場所にでも
自分の役割がある。

校内を美化する
利益を上げる
行事を成功させる
商店街を活気づける

決して
「グループ内で調和する」が
目的ではないはず。

なかにはグループを
まとめるのが上手な人に
与えられる役割もある
だろうけど。

大きなテーマの元で
「存続を維持するための組織」なのか
「新しいことを始める組織」なのか

目的をきちんと
とらえないと
ただの名前貸し・
時間貸しになってしまう。

時間て大切よ。

僕たちは命を削りながら
今の一秒一秒を生きてるんだもん。

進展を求めてない組織で
何人も名を連ねて
何時間も会議を重ねても
時間のムダになっちゃう。


だからきちんと
思っていることは
伝えた方がいい。

自分の仕事をするだけ。
僕はそんな考えだ。

たしかに意見を
伝えることによって、

雰囲気悪くなったり
嫌われたりしないかな?って
不安になることもある。

今までいい関係だったのに
たった一言でぶち壊しになる
可能性もあるし。

でも、そうしたら
そのくらいの関係だったって
割りきることも必要かな。

時間が経てば
こちらの意見を
受け入れてもらえる
こともあるし。

逆に冷静になって
自分の意見がムリなこと
言ってたなって気付く
こともあるし。

気を付けたいのは
感情的に相手を
否定すること。

これは自分の役割でも
目的でもないはず。

おかしいな?
と思ったら質問していいし

反対の意見があれば
提案してみる。

あとはみんなが決めたり
上の立場の人が決めること。

意見が通らなかったから
自分の人格を否定される
わけでもない。

他人に怒る必要もない。


ここまで書いてきて
バシバシと意見をしようって
感じになっちゃったけど、

相手の意見を受け止める
ことも必要だ。

自分の意見だけ
言っていたら関係は
悪くなる。

だけど、気遣いの
しすぎは自分の目的達成の
邪魔になるよってのが
今回のお話でした。

気遣い上手の日本人。

すこーし勇気をもって
発言してみよう♪