けんしくんずぶろぐ

おめんたいたい!けんしくんです!

台本が立派すぎて

おめんたいたい!けんしくんです!

人前で話すときに原稿を用意する。

書いているうちに内容が濃くなり、何度か読み直しながらきれいな言葉に塗り替えていく。

これが台本を作るということだ。

僕は文章を書くのが好きなので、苦痛にはならない。

そのかわり完成した台本を読み直すと、しばしば起こる事象がある。

「自分が用意した言葉に負ける」ということ。

人前で話すからと、きれいな言葉で飾り立てた台本。

本当の自分は文章のとおり丁寧な部分もあるのだろうが、普段のキャラとは違いすぎて話すときにスラスラ出てこない。

特にですます調での話し方。

台本の内容がソフトウェアだとしたら、話すという行為はハードウェアの機能を持っている。

ソフトウェアの高性能を活かせるよう、普段からハードウェアの性能をあげておく必要がありそうだ。

少し話を変えて。

先日、高校生剣士たちの前で話す機会があった。

僕はきれいな内容の台本を用意し、事前に声に出して話す練習もしていた。

しかし、実際に話してみると高校生は自分の声に耳を傾けていないように感じた。

振り返ってみれば、話し方に集中するあまり、相手に内容が届いていなかったのかもしれない。

ハード面を意識しすぎた結果だろう。

話をする対象者や内容、場所、与えられた時間などの要素は臨機応変に対応しなければならない。

自分の前に話した人がマジメならは少しフランクで話すのもいいのかもしれない。

逆に緩い雰囲気の中で話すなら、引き締めるような入り方にするよう判断する。

剣の戦法でも自分の勝ちパターンがある。

これは準備された台本と同じ。

もし技やかけひきのレベルが低ければ、理想と違って相手に通用する確率は低い。

自分が用意した台本を十分に表現できないからだ。

また、対戦中に勝ちパターンがハマらない相手の場合には変化を加える選択肢もある。

「相手に合わせるな」

とはよく先生方に注意される言葉だが、相手に合わせて戦う方法も用意しておくと役に立つかもしれない。

この発想は社会でも使える。

そのためには気付いたときでいいから、いつもと違うパターンを取り入れて、ハード面・ソフト面ともにバージョンアップしていく必要がありそうだ。