けんしくんずぶろぐ

おめんたいたい!けんしくんです!

おれがおれが!

おめんたいたい!
けんしくんです!

昨晩は半沢直樹2を観て
テンションが上がっていた。

かなり剣道のシーンが多く、
企業戦略に「攻め方」を反映させたり、

半沢直樹のパソコンの
パスワードが「zansin(残心)」
だったりと、剣道の要素が各所に
散りばめられていて、剣道家には
たまらなかっただろう。

(※残心とは、技を出したあとも
  相手から油断せずに
    気持ちを保っておくこと)



僕が剣道をしていて社会で
役に立ったと思うことは、
「気配りができる」ことだ。

上司を見つけたら自分から
挨拶をしに行く。

荷物を運んでいる人を手伝う。

少し先の展開を読んで
人の手間を省く。

これは今まで大いに役に立った
スキルだと感じている。

逆に、剣道をしていたからこそ
悪い影響があったと思うこともある。

「自分で行動しすぎてしまう」

これである。

競技の特性上、自分一人の力で
相手をやっつけなければならないので、
自分で解決しようとしてしまうのだ。

剣道にも団体戦はあるが、
ボール競技だと同じフィールドに
仲間がいるのに対して、

剣道は試合場の外から、
「一本一本!」の声援である。
(※狙っていくぞの意)

結局、武道は一対一の構図に
なってしまう。

生きる上で主体性を磨くには
とてもよいことだ。

そのかわり個人主義
走りやすい。


一方、野球やサッカー経験者は
社交的で周囲との調和を取ることに
優れている。

一面突破ではなく、全体の流れを
見ながら自分を活かすのがうまい。

僕もいい意見をもっているのに、
サッカー経験者の方が話の進め方が
スムーズで採用されることもよくあった。

そのかわり一人で活動する
ことは少ない。


上記の例は極端かもしれないが、
それぞれの競技特性で身に付くスキルが
違うのは面白いと思っている。


しかし、今後の未来を想像すると

「どちらでもよい」のかもしれない。

情報を簡単にシェアすることができ、
マイノリティや発達障害への理解も
進んでいる現在においては、

バランスがよいことに特化
する必要はなく、それぞれの強みが
混在しながら社会が調和していくだろう。

文部科学省の提言する

「生きる力」とは、

主体的で、知・徳・体をバランス
よく育むこととされている。

もちろん一定の道徳観や健康は
必要だろうが、自分が不得意なことが
多いからといって落ち込む必要は
なさそうだ。

ゲーム(eスポーツ)で生計を立てたり、
投げ銭やクラファン、「おごられ屋」
なる新たな生活スタイルが出てきた。

「自分がやりたいことを学ぶ」

と同時に、
       .
「やりたいことで学ぶ」

ことによって、セールスポイントや
アイデンティティ作りをすることが
大事かもしれない。

とりあえず「個人主義」で
困ってる場合には、他人に
任してしまおう。