けんしくんずぶろぐ

おめんたいたい!けんしくんです!

脳天ぶったぎり

おめんたいたい!
けんしくんです!


若者に否定的な大人がいる。


「正しさ」を若者に提示して
押し付けてくる人もいる。


大人の言い分もわかるんだ。

正しい方が失敗しないし、
効率がいいもん。

法律上においたって、
健全な生き方を選ぶという
ことでもあるし。


きちんと「正しいこと」を
教えるのも大人の仕事だ。


それは剣道の指導にも通じる。


僕が高校生の頃に
やってほしくなかった
大人の「正しい」指導の
ひとつに、


「お前はスピードだけだから
  攻めを覚えろ」

というものがあった。

これは複数の大人が
僕の高校の稽古に来るたび
置き土産にしていく言葉だった。


僕はそのときは
大人たちの言うことを素直に
聞いていたけれど、

年を重ねれば重ねるほど
それが「間違った」指導で
あることを実感する。


僕は大人との稽古で
面を中心に技を出して
ずいぶんとヒットしたものだ。

そのなかで
打ちが軽かったり
迎え突きを食らうこともあった。

※迎え突きっていうのは
相手が技を出してきたところに
竹刀の先をノドや胸元につけて
技を無効化すること。

当たりどころが悪いと
技を出していく側はイタタになる。



僕が技を出すときに攻めが
足りずに相手を崩せてなかった
こともあるのは認めるが、

面には確実に何回も
竹刀が当たっていた。

確かに当たっていたのだ。


そのなかで
稽古してくださった
ある大人から

「迎え突きされるということは
  刀の時代なら死んでいるということ」

といわれたが、
どうも納得がいかない。

仮に迎え突きでノドを
おさえられて僕が死んだとして
頭を切られている方だって
死んでいる。

相打ちだろう。


攻めが足りないことを
こちらに伝えたいのであれば、

「今のスピードを抑えても
  十分に通用するから
   攻め方を強化して
    完全に相手を崩せ」


これなら納得できる。

自分のスピードに自信を
持って攻め方の研究しようって。

大人たちが口を揃えて
強い攻めが武器だというなら
僕にとってはスピードが武器だった。

足りないところを
どう補っていくかが
それぞれの剣士の力量であり
持ち味ではないか。

攻め攻めという大人にかぎって
僕に面をボコボコ打たれていた。

攻めたら打たれてもいいのか。


今では僕が大人になり
元立ちとして高校生に
稽古を付ける立場となった。

僕が面を打たれたときは
素直に良いスピードだとホメる。

崩されて打たれたら
もっとホメる。

そんな僕でもたまに
攻めが足りないと
指導をすることがある。


どんなときかというと、
こちらが技を返せてしまうときだ。


僕は迎え突きも使う。

迎え突きを使ったときは
確かに僕は相手の技を封じた
ことになるかもしれない。

そのとき、自分も頭を
切られることになり
これは相打ち。

こちらが先生として
元に立っている以上
こちらが反省も必要だ。

しかし、高校生の面に対して
こちらが返し胴や出小手・でばな面を
たやすく返せてしまう場合は、やはり
高校生の力不足ということになる。

それが何度も続くようであれば、
やはり「攻め」が足りないと
指導せざるを得ない。


「そのスピードを活かすには~」

「そのスピードを使って~」

だいたいこの2つの切り口で
アドバイスをする。


ただし
冒頭で僕が感じているように
今の高校生にとっては、

僕が話していることが
「間違っている」可能性もある。


大人は

「正しいか」「正しくないか」を

押し付ける。

自分の理屈を添えて。


だからこそ、
少なくとも否定をしないように
気を付けたい。

学生の皆さんも、
言われたことを素直に
聞くことは当たり前だが、

納得のいかないことに
疑問を持ってみると、
問題解決能力がアップするかもしれない。

お試しあれ。