けんしくんずぶろぐ

おめんたいたい!けんしくんです!

正剣伝説

おめんたいたい!
けんしくんです!

正しい剣道ってなんだろう?

僕はこれまで剣道を学び、
自分なりに

「これが正しいんだ!」と
思いながら修行してきた。

少年指導や自分の息子の
指導にも「正しい」と
思ってきたことを伝えてきた。

最近、その考え方がすこーし
変わってきた。おじさんに
なったからだろうか?


特に強く感じることは
別に正しいとかなくね?
ってこと。

いまさら反抗期って
わけじゃないし目立ちたい
わけでもないんだけどさ。

日本剣道形を例にすると
もともとは200以上の
流派があって、

そのなかから
厳選して10本の形に
おさめたわけだ。

じゃあ竹刀剣道だって
十人十色の流派があって、
それぞれ正しい剣道なんじゃないの。

今まで正しいと思っていた
僕の剣道観は変化しはじめている。


もちろん全日本剣道連盟
始めとした剣道の基本はある。

これは初心者にとって
剣道の入り口であり

有段者にとっても
迷ったときの指針として
有効なのは間違いない。

その正しい剣道には
大きな意味があると思う。


それでは剣士はみんな
全剣連の定めた基本指針を
完成形とするべきか?


僕は違うと思う。


多様性が認知され始めた
現代においては正しい剣道を
求めれば求めるほど、


前例踏襲(ぜんれいとうしゅう)
という思考停止文化の
悪しき伝統を継承することになる。

考え方が古臭いとかではなく
実用的じゃないんだもん。


正しい道を追い求める
精神性が必要なのはわかってる。

せっかく剣道をしているなら
人間性も磨いていきたい。

ま、それでも完璧な人間なんて
いないんだけど。


でも、剣道のスタイルに関しては
もっと自由であるべきでないかい?


「こうでなければならない」という
形にはめ込むのは、合理的じゃない。


理合を求めたがる先生が多い
くせに、矛盾してるなって
感じることはたくさんある。

剣道の悪いところ。


もっと早く動ける姿勢だとか
手首の使い方を変えた方が
強く打てるとか

こういった
正しい理論には僕は大賛成。

ムダのない動きを求めることは
効率よく強くなる近道だ。


一方で、理屈でなく自分の剣道観で
「それは正しくないからダメ」
っていう考え方は、

剣道の幅を狭めて
発展を止めることになるだけだ。

もう十分に正しい剣道の
指針だとか理論は確立されて
いるんだから、

あとは自分がどの師匠を
選んで、どんな教えをこうのか。

あるいは自分でやりたい剣道が
見つかったら、どうしたらそれが
実現できるのかを考える力を付けるべき。

もちろん義理とか
礼儀とかをすっ飛ばしては
いけないけど、

誰かに縛られて剣道を
するってのは、もうやめよう。


「守破理(しゅはり)」という
言葉があるけど、剣道の先生って
「守」が強すぎる傾向がある。

正しさを求める。

強さを求める。

美しさを求める。

各自の方向性はあると
思うけど、もっと自由にやったらいい。

やらせたらいい。


なんか、最近そんなことを
強く思うけんしくんでした。

やべぇ。老化してるかも。


いつまでも若い剣道がしたい。

これを追い求めるのも自由だ。


「そろそろ剣道変えた方がいいよ」


かましいわ!


僕はこれからも
自由で大好きな
剣道をやってやるんだから!


なんちゃって♪