けんしくんずぶろぐ

おめんたいたい!けんしくんです!

昔だからって許されないし

おめんたいたい!
けんしくんです!

年に数回だが指導者が
教え子に暴力を振るう
ニュースを目にする。

本当に心が痛い。


「想像すると」ではなく

自分も同じような
体験をしたことが
あるから、

教わる側の
気持ちはよくわかる。

これ、ニュースに出て
明るみになったときは
瞬発的なんだけど、

日頃から恐怖体験が
積み重なっていることを
想像できる人がどれだけ
いるだろうか?

例えば指導者が
技をかけて教え子が
骨折する。

たまたま突発的に
起きたわけじゃなくて
遅かれ早かれ起きる
ことだったとしたら、

こんな表現は不謹慎だけど
ケガが世間に公表されたことで
生徒たちは地獄から解放される。

ケガしたことが
よかったわけじゃないけど
救われる部分は多いだろう。

これから気持ちの
フォローも大事にしたい
ところだ。


さて、暴力というのは
全世界で今まさに横行している。

日本では10年20年前くらい
から部活で暴力はやめましょう
という声が盛んになってきた。


僕よりずっと上の
先生方はこう話す。


「昔はもっとすごかった」

「今は時代が違うから」って。


それで許されると思うのか?


僕は大人まで
剣道をしてきて
幸いなことに

大学までの進学も
就職も剣道の経験が
大いに役に立った。

だから
僕の母なんかは

「辛かったけど○○先生のおかげでしょ」

って会うたびに
言ってくるんだけど。

そこの部分ばかり
強調されちゃーたまらない。

初めて剣道を教えてくれた
先生が僕に何をしてきたか
忘れることはない。


***

最初は優しい先生だった。

剣道の見学に行ったあとに
母経由で手紙をくれるほど。

手紙の内容は
松井秀喜(ひでき)選手を
例にあげて、

努力の大切さを伝えられた。

あ、知らない世代の人も
いるかもだから捕捉。

松井選手は
読売ジャイアンツ時代から
メジャーリーグ移籍後まで
野球で大活躍して人間性
高く評価された人。


先生からの手紙は他にも
プロスポーツで活躍して
いる人はみんな努力して
いるんだという内容だった。


僕はその手紙を読んで
「この先生なら僕を強くしてくれる」

純粋にそう思った。


そして、それまでピアノも野球も
中途半端だった僕は剣道の
世界に足を踏み入れたのだ。

始めたばかりの頃は
どんどん上達するのが
自分でもわかった。

剣道具の着け始めも
楽しかった。

年上の人たち相手にも
いいところを打ち込んで
得意げになった思い出もある。

やっと自分の才能を
活かせる競技と巡り合ったと
人生経験が少ないながらも感じた。


しばらく経ったときのこと。

先生は年上の先輩方を
怒る機会が増えていった。

僕も巻き込まれるように
なっていったけど、まだ
他人ごとだった。

僕は先輩方に対して
「もっとうまくやればいいのに」

って思ってた。


そのうち先生が直接
僕たちに稽古をつけるように
なったあたりから

稽古が厳しくなっていった。

その頃から僕にも
風当たりが強くなり始めた。

強く体当たりしてくるし

打ち抜けるときに
ケツパンしてくるように
なった。

ケツパンてのは竹刀で
オシリを叩くこと。


「あ、結構きつい先生なんだ」


気付いたときには
もう地獄に足を踏み入れた
あとだった。

そのうち先生は中学生の
先輩方に突くようになり、

しだいに小学生の
僕に対しても突く
ようになった。


一本目は軽い片手突きだった。

そのうち諸手(もろて)突きになった。

そして、いつのまにか
力を込めて突いてくるのが
当たり前になった。


先輩方が一人、また一人と
辞めていくなか残った先輩と
僕にはますます風当たりが
強くなっていった。

パターンもわかってきた。

最初は先輩がやられるんだ。

それは「みせしめ」の
役割があって、

「次はお前だ」っていう
サインだったんだね。

今ならよくわかる。


先輩が馬乗りされれば
僕も馬乗りされる。

先輩が胴ヒモで首を
絞められれば僕も絞められる。

竹刀の柄頭を突き垂れの
間からねじ込まれて
グリグリと首に押し付けられる。

先輩が吐いて
稽古を続行するなら

僕もトイレすら行けず
剣道具が汚れたまま
稽古を続行する。

過呼吸になっても
掛かり稽古は続くんだ。


よく目の前が真っ白とか
フラフラするとかいうけど、

僕の感覚ではもっとひどい。

水におぼれているのに
体は焼けるように熱く
視界はグルグル回っている。

聞こえるのは
蚊のなきごえみたいな先輩の
「ファイト」と、


「それじゃ終わらないよ?」

「掛かってこないならこっちからね?」

という悪魔の声。


でも、ここまで読んでみて
みなさん疑問だと思う。


なぜやめなかったの?と。


当然
僕はやめたいと
申し出た。


何度も。


やめさせてもらえなかったんだ。


「俺がお前に使った時間と
金を返せるならやめていい」

いつもそう突っぱねられた。


小学校の先生に相談を
したこともあったし、

自分の母親に
「僕を殺して」って
言ったこともある。

それでも母親も
やめさせなかったんだから
どうかしてるよね。

小学生剣士が
そんなこと言うって
信じられないでしょ?


ウソじゃないんだから笑


***


話を戻そう。


剣道に限らず
スポーツでは身体と
精神を鍛えなくては
いけないんだけど、

たしかに体が接触する
ときの戦術を強化するには
他人から、より強いレベルの
パワーをもらうことも必要だ。

しかも練習で限界の力を
引き出すには自分だけでは
なかなか難しい面も多い。

だから一概に
力の行使がダメとは
僕は思わない。

ただし、暴力と力の行使の
境目は判断がとても微妙だ。

だからこそ
生徒や保護者との
信頼が必要になる。

指導者側は
教え子に対する理解を
欠かしてはいけない。

どこまでが限界なのか
どこでストップするべきか
見極める能力がないといけない。

これが指導者の力量だろう。



そして最後に
先生らにもう一つ言いたい。


「昔のことだから」って
無かったことにするなよってこと。

世間の理解が進んで
どうやら今まではやりすぎ
だったってわかったら
武勇伝みたいに語らないでくれ笑

やられた側がネタとして
話すならいいかもしれないけどさ。


あと
「今は時代が違うから」って
いう切り口で話さないでほしい。

昔も今も
老若男女問わず
暴力はあるし、

しばらくは無くならない。

時代とか法は関係ないから
どうしたら暴力ナシで
解決できるか教えてほしい。

たとえば
色々な先生にスポーツ指導と
暴力の関係について話すと、

「時代が変わったからなぁ」で
話が終わっちゃう。

全然オチないんだよなぁ。

「あ、その場合○○して
しばらくすると絶対上達するから
待っててみ!」

とか言われたら
納得できるけど。

だいたいが強い選手を
育てたことがない先生か、

暴力ありきで育ててきたから
「指導者に対して」いい方法を
アドバイスできない先生ばかり。


いっそのこと、

「上達するのに力の行使は
必要だから本人と保護者の
理解を求めといた方がいいよ」

このくらいの方が
しっくりくる。

暴力を助長させたい
わけじゃないけどさ。

結局、先生たちも
時代のせいにして
自分らがやってきたことを
反省してない。

裁かれることはほとんどないし。

教わった方が
まぁまぁ許してあげてるから
成り立ってるよね。


「暴力しない」


暴力と力の行使の境界線も

より効果的な練習方法の発見も

簡単なことじゃないけど

よいものを見つけて
いけるといいね♪